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ロイヤルネットワーク(うさちゃんクリーニング)社長 仲條 啓三 氏

2007年12月28日
仲條 啓三(なかじょう・けいぞう) 1938年(昭和13年)、酒田市生まれ。地元の中学を卒業後、集団就職で上京し、上野のクリーニング店へ。1年後に帰郷、地元の染み抜き屋、クリーニング店での修行を経て、23歳の時に独立。その後「うさちゃんクリーニング」の店舗網を東北、関東に拡大、現在は店舗数525店、売上高63億円(全国3位)を誇る。69歳。
ロイヤルネットワーク(うさちゃんクリーニング)社長 仲條 啓三 氏

会社の成長
 家族と従業員に支えられ——

──創業までの経緯を教えて下さい。

集団就職で上京

 「実家は床屋で、男ばっかの8人兄弟の末っ子での。父親はワタス(私)が生まれる2カ月前に肺炎で死んで…。貧しかったんで『口減らし』のため、中学を卒業した年に集団就職で夜行に乗って東京へ。でも末っ子で甘えん坊だったから、淋(さび)しくての。庄内が、酒田が恋しくて、1年も辛抱できんかった」

たった一人での創業

 「酒田に帰って、23歳の時に1人でクリーニング屋を始めたんだの。狭い部屋に煎餅布団を敷いて、目の前にアイロン台を置いて、オートバイで近所を一軒一軒、御用聞きにまわって。それがワタスの、『うさちゃんクリーニング』の原点だの」

——それが今では全国3位の大企業に。

 「転機は専務(注・夫人の静子氏)との出会い。独立してから社員は増えていったんだがの、これが男ばっかりで。女っ気と嫁さんが欲しかったもんで、24回も見合いしたんだけど、『きつい』っていうクリーニング屋のイメージのせいか断られ続けて。25回目の見合いで人生最高のパートナーとめぐり合ったんだの」

専務との出会いが転機  

 「当時はワタスも専務も若かったから店舗を増やしていくのが楽しくての。庄内から秋田、青森、宮城、山形内陸部、そして東京を含む関東まで」

強みになった「中卒」  

 「つくづく思うんだが、ワタスは中卒でよかった。字も満足に書けない、もちろん帳簿もつけられないから、人に頼るしかなかった。専務に支えられ、従業員に助けられての。業界で先駆けとなるドライブスルー店舗とか24時間営業の店舗とか、成長の原動力はいくつかあるけど、突き詰めれば人間力だの」

女性の力を活用  

——従業員の方、女性が多いですね。

 「パートを含めた1500人のうち1300人までが女性。楽しく働いてもらうのがモットーだけど、基本は『比べて、学んで、追い越せ!』。従業員どうしで競い合ってもらうため、年に2回の昇給制度もあるんだの」

——24回フラれたっておっしゃいましたけど、女性の扱い、上手なんじゃないですか。

 「いやいや」

——ボクが言うのも何ですけど、社長って可愛いと思いますもん。

 「そうかの」

——今でも絶対モテると思うな。

 「そうかの(笑)」