徹底して山形に密着したフリーペーパー

<荒井幸博のシネマつれづれ> グリーンハウス、佐藤久一さん…

2008年3月28日
・・・荒井幸博のシネマつれづれ・・・
 今月20日、酒田市の「シアターOZ」で映画を観てきた。
 作品は「ロイドの要人無用」。主人公の若者は田舎にフィアンセを残し、成功を求めてニューヨークにやって来た。彼はデパートに勤め、昇進・昇給を目指して仕事に励むのだが、やることなすこと裏目に出て失敗ばかり。
 結婚を望む田舎の彼女には「異例の出世をしている」とウソッパチの手紙で見栄を張っていたが、彼女が突然、職場を訪ねてきたからさあ大変——。
<荒井幸博のシネマつれづれ> グリーンハウス、佐藤久一さん…

佐々木亜希子さん見事な活動弁士ぶり

 この映画はハロルド・ロイド主演の1923年公開の無声映画で、今回は酒田市出身の佐々木亜希子さんが弁士を務めた。佐々木さんは、ロイド、恋人、上司、同僚など全ての登場人物、それにナレーターを七色の声で見事に演じ分けていた。恋人や田舎の人たちのセリフが酒田弁だったのにも大笑いした。
 無声映画の時代、弁士が誰かによって観客動員が全然違ったとか。佐々木さんの活躍ぶりにそれを実感したと同時に、「佐藤久一さんが観ていたらさぞかし喜んだだろうな」とふと思った。

<荒井幸博のシネマつれづれ> グリーンハウス、佐藤久一さん…

世界一の映画館と日本一の仏料理店

 佐藤久一さんとは故淀川長治さんをして「世界一の映画館」と言わしめた映画館「グリーンハウス」を酒田市で運営した人で、1997年1月23日に67歳で亡くなった。
 佐藤さんは20歳の50年からグリーンハウスの支配人として辣腕(らつわん)をふるい、館内設備の充実、作品選定などでグリーンハウスの名を全国にとどろかせた。
 64年に映画館から離れたが、67年にフランス料理店「レストラン欅」、73年にはレストラン「ル・ポットフー」を相次ぎ酒田市でオープン。どちらも庄内の海や山の幸を提供する名店として今も全国に名をはせている。何事もとことんまで追究しないと気がすまない人だったのだろう。

<荒井幸博のシネマつれづれ> グリーンハウス、佐藤久一さん…

酒田大火の悲劇

 佐藤さんがグリーンハウスを離れて11年後、この映画館は76年10月29日に起きた酒田大火の火元になってしまう。地元自慢の映画館は忌まわしい記憶にまみれ、酒田市民の口葉には上らなくなってしまった。

<荒井幸博のシネマつれづれ> グリーンハウス、佐藤久一さん…

生き続ける思い出

 今年1月、佐藤さんを描いた本が講談社から出版された。著者は元電通社員の岡田芳郎さん。本のタイトルは「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」。
 佐藤久一という特別な人物、それに彼を取り巻く人々や当時の環境を克明に記した秀逸なルポルタージュである。
 また昨年12月4日には酒田市民会館「希望ホール」で、グリーンハウスにオマージュを捧げる「想い出コンサート」が開かれ、私も司会と語りで参加させてもらった。平日の夜で4000円という料金にもかかわらず1200余りの客席が一杯になったのには驚かされた。

 グリーンハウスも、佐藤久一さんも、決して忘れ去られてなんかいなかったのだ。

 そして、グリーンハウスを知らない世代の佐々木亜希子さんだが、グリーンハウスの土壌があった酒田市なればこそ生まれ出た人なのではと思ったのだった。