徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

新田公孝(にった・きみたか) 1950年(昭和25年)新庄市生まれ。新庄北高から立教大社会学部に進み、卒業後の75年ニッカウヰスキー入社。一貫して営業畑を歩み、課長、部長を経て97年東北支社長。2002年に親会社のアサヒビールに転籍、2005年から08年まで山形支店長を務めた。10年7月、東北統括本部副本部長を最後にアサヒビールを退職、9月に山形県酒類卸専務就任、12年から社長。67歳。
2018年5月25日
加藤 登紀子(かとう・ときこ) 1943年(昭和18年)旧満州ハルビン市生まれ。2歳の時に実家が京都に引き揚げ、中学1年で東京に転居。駒場高から東大文学部に進み、在学中の65年に歌手デビュー、66年、2枚目のシングル「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞受賞。その後「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」「百万本のバラ」などのヒットを飛ばす。72年、学生運動指導者で今は亡き藤本敏夫氏と獄中結婚して話題を呼んだ。今年4月にベストアルバム「TOKIKO’S HISTORY」を発売し、自伝「運命の歌のジグソーパズル」を上梓した。6月3日、山形市のシベールアリーナでコンサート「花はどこへ行った」を開く。
2018年5月11日
本間 滿(ほんま・みつる) 1947年(昭和22年)鶴岡市生まれ。学校卒業後、長兄が67年に戸沢村で開業した「白糸の滝ドライブイン」を手伝うようになり、長兄の早世に伴い80年に同社社長に就任。以後、業容を拡大し、82年に鶴岡市に「米の粉の滝ドライブイン」を開業、鶴岡市のマリカや山形市の霞城セントラルで外食事業も手がける。チェリーランドさがえは設立時から社長。このほか東京の県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」の物販部門や、県都市公園「最上川ふるさと公園」の運営にも携わる。71歳。
2018年4月27日
佐藤 一博(さとう・かずひろ) 1950年(昭和25年)、江戸期がルーツの大永建設(山形市)の7代目として山形市で生まれる。6小、6中、山形工業高を経て東京の地場ゼネコンに就職。4年後にUターン、県土木部に4年間勤務した後、77年に大永建設入社、97年に社長就任。この間、住宅建築を手がけるかたわら、87年に上山市で書籍店「本のビッグバン」の開業に携わり、事実上のオーナーを務める。同店は4月末で営業を終える予定。67歳。
2018年4月13日
華村 あすか(はなむら・あすか) 1999年(平成11年)米沢市生まれ。高畠高校から短大に入学が決まり、住まい探しのため原宿を歩いている時に現在の芸能事務所からスカウトされ、2017年春に芸能界へ。仕事に専念するため短大を中退した直後の同年夏、週刊「プレイボーイ」の表紙と巻頭グラビアに抜擢され話題に。これまでにテレビドラマや情報番組、モスバーガーのCMなどのほか、橋本マナミさんと山形県衆議院議員選挙告知のCMにも出演した。4月から放送されるTXドラマ25「宮本から君へ」、CBC「ボイメン新世紀 祭戦士ワッショイダー」に出演。19歳。
2018年3月23日
鍋倉 淳(なべくら・あつし) 1952年(昭和27年)山辺町生まれ。日大山形高卒業後、父親が創業した機械商社の鍋倉機工へ。87年、ドイツ製編み機専門の商社として山形市でナックを立ち上げ、社長に。2001年から外食業界に参入、現在は山形市の荒楯町と江俣でトンカツ・カツ丼専門店「かつや」、南四番町で定食店「南四番町食堂」、飯田西と仙台市で高齢者専門弁当「宅配クックワン・ツゥ・スリー」を手がける。65歳。
2018年3月9日
木村裕吉(きむら・ゆうきち) 1956年(昭和31年)大蔵村肘折温泉生まれ。集落唯一の学校だった旧肘折小中学校から山形東高に進み、山形大農学部を卒業した79年に山形県農業協同組合中央会へ。39歳だった96年、家業の温泉旅館「木村屋旅館」を継ぐため中央会を退職、99年社長就任。大蔵村観光協会会長は2009年から。06年からは「肘折いでゆ館」「カルデラ温泉館」の運営に当たる第三セクター・肘折温泉郷振興株式会社の社長も務める。61歳。
2018年2月23日
近 清剛(こん・せいごう) 1949年(昭和24年)高畠町生まれ。長井高から立正大経済学部に進み、卒業後、漬物の製造販売の大手・秋本食品(神奈川県綾瀬市)へ。3年後にUターン、父親が創業した漬物製造販売の三奥屋入社。下積みのかたわら、郷土料理店「掬亭」の立ち上げにも携わる。工場長、常務、専務を経て90年から社長。2001年から県漬物協同組合理事長を務めるほか、県観光物産協会副会長、県中小企業団体中央会副会長、県食品産業協議会会長等も。13~17年は全日本漬物協同組合連合会会長も勤めた。69歳。
2018年2月9日
遠藤善也(えんどう・ぜんや) 1941年(昭和16年)山形市落合町生まれ。山形南高を経て山大農学部へ。卒業後、実家で10年就農した後、73年に食品スーパーのヤマザワ入社。青果物バイヤー、店長、ブロック長などを務め、91年に子会社のサンコー食品(山形市)に出向。営業部長、常務、専務を経て99年社長。2007年にいったん顧問に退くも2年後に社長復帰。76歳。
2018年1月26日
本名・金子絢音(かねこ・あやね)。1992年(平成4年)山形市生まれ。市立三中から山形商高に進み、3年間を首席で通して卒業後、小さいころから憧れていた歌手を目指して専門学校のデジタルアーツ仙台へ。同校1年の時に「第5回全日本アニソングランプリ」で応募者1万223組の中から決勝13人に選ばれ、19歳で同校を中退して上京。路上ライブやクラブハウスでシンガーソングライターとしての活動を開始。Jポップ界では、絹のようなシルキーボイスと歌唱力を兼ね備えた本格派シンガーとの評も。25歳。
2018年1月12日
鈴木 浩一(すずき・こういち) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山形東高から明治大学政治経済学部に進み、卒業後、マヨネーズのトップメーカー・キユーピー(東京)へ。同社で製造と販売を経験、4年半後、11年(明治44年)創業の実家で、麸の製造・販売を手がける鈴木製麩所(山形市)に常務として入社。2016年1月、父の恒太郎前社長の死去に伴い社長就任。47歳。
2017年12月22日
佐藤 哲也(さとう・てつや) 1958年(昭和33年)天童市生まれ。山形中央高から玉川大学農学部に進み、卒業後、総合案内所の東海予約センター(東京)に勤務。3年後に帰郷し、実家の天童温泉の旅館「一楽荘」へ。98年、41歳で3代目社長に就任。これまでの間、敷地内に地ビール工場を併設したり、山形市や首都圏で外食や飲食業に参入したりとユニークな経営で全国に知られる。59歳。
2017年12月8日
伊藤 秀樹(いとう・ひでき) 1956年(昭和31年)鶴岡市生まれ。酒田南高から学習院大経済学部に進み、卒業後、東京の文具店勤務を経て3年後に帰郷、実家の土産物店「清川屋」へ。97年から社長。この間、〝地元の食文化の発信〟をコンセプトに店舗網を拡大、現在は県内9店、仙台市で1店を展開するほか、子会社「茶勘製菓」を通じての自社生産や、「ネット清川屋」による通信販売も手がける特産品文化創造企業に育て上げた。61歳。
2017年11月24日
西田 泰子(にしだ・やすこ) 1947年(昭和22年)川西町生まれ。地元高校から女子栄養短大(東京)に進み、卒業後、首都圏での会社勤務を経て26歳で帰郷。蔵王のホテルから上山温泉の旅館「古窯」に転じ、予約・フロント係から支配人まで上り詰めた後、2000年にご主人と2人で山形市の霞城セントラル24階に「旬菜四季ひろぜん」を開業。現在は市内に3店の飲食店を展開する。農業や地域振興にも造詣が深く、JA山形おきたま理事、白鷹町アルカディア財団理事も務める。70歳。
2017年11月10日
遠藤 靖彦(えんどう・やすひこ) 1961年(昭和36年)山形市生まれ。石油製品販売を核とする遠藤商事グループの創業家の長男として山形市で生まれる。山形南高から明治大学商学部に進み、卒業後、丸善石油(現コスモ石油)入社。3年後に帰郷、トヨタオート山形(ネッツトヨタ山形)を経て88年遠藤商事へ。常務、専務を経て2005年から現職。遠藤商事以外にグループ7社の社長を兼務するほか、県石油商業協同組合理事長、全国石油商業組合連合会理事なども務める。55歳。
2017年10月27日
池田 美保(いけだ・みほ) 宮崎県えびの市生まれ。3歳からピアノ、12歳から声楽をはじめ、宮崎女子高(現・宮崎学園高)音楽科を経てフェリス女学院大(横浜市)で声楽を学ぶ。声楽会の頂点を極めた芳野靖夫氏、故・畑中良輔氏らの指導を受け数多くのコンクールで入賞を果たす一方、音楽や料理など様々な分野で講演活動を行う。7月18日に105歳で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏のミュージックパートナーとして全国各地を公演した。学生時代に知り合った開業医のご主人と酒田市で暮らす。2女の母。44歳。
2017年10月13日
酒井 貞昭(さかい・さだあき) 1965年(昭和40年)山形市生まれ。山形市立1小、同1中、同山形商業を卒業後、首都圏で就職。5年後にUターンし、2004年にJR山形駅前に地酒と郷土料理を提供する「酒菜一」を開業。13年9月にはJR東京駅八重洲口の商業施設エリア・グランルーフに「山形酒菜一」を出店。山形駅前はながさ通り飲食店組合理事長も務める。52歳。
2017年9月22日
鈴木 寿昭(すずき・としあき) 1949年(昭和24年)宮城県石巻市生まれ。69年に仙台トヨペット入社。一貫して営業畑を歩み、店長、車両部長、営業本部長などを経て94年取締役、2004年代表取締役専務。06年山形トヨペット専務に転じ、08年から現職。日本自動車連盟(JAF)山形支部長、日本自動車査定協会山形県支所長なども務める。68歳。
2017年9月8日
上條 智広(かみじょう・ともひろ) 1980年(昭和55年)川崎市生まれ。地元県立高校から日大経済学部へ。卒業後に山形市に移り住み、若者の起業を支援するNPO法人でコーディネーターを2年務めた後、2006年にパレス平安(現ジョインセレモニー・パレスグランデール)入社、ウエディングプランナーに。8月9日、リクルートブライダル総研(東京)が主催するウエディングプランナー全国大会で最高賞のグランプリを獲得。同市蔵王半郷で朝日町出身の奥さん、2人の娘さんの4人暮らし。37歳。
2017年8月25日
笠原 裕介(かさはら・ゆうすけ) 1979年(昭和54年)山形市出身。山形中央高から東北福祉大社会福祉学部に進み、卒業後、書店でのアルバイトを経て2005年に静岡市が本社の戸田書店入社。同社三川店、新潟南店、秋田店で勤務した後、07年の山形店オープン当初から現職。夏場には怪談に関するブックフェアやイベントを仕掛け、業界筋で「怪談店長」の異名で知られる。38歳。
2017年8月11日
小島 康明(おじま・やすあき) 1992年(平成4年)、茨城県結城市生まれ。結城小1年から野球を始め、結城東中を経て下妻二高へ進むも甲子園出場はなし。進学した東京農大では通算4勝14敗。2015年きらやか銀行入行、野球部に所属して1年目から頭角を現し、16年、17年と2年連続の都市大会出場をけん引した。15日の都市対抗初戦は2―3でホンダ鈴鹿に惜敗。178センチ、85キロ。右投げ右打ち。25歳。
2017年7月28日
伊藤 芳明(いとう・よしあき) 1961年(昭和36年)天童市生まれ。日大山形高から日大経済学部に進み、卒業後に山形ナショナル(現・山形パナソニック)入社。主に家電営業畑を歩み、2002年法人営業部長、04年執行役員・商事事業部長、08年取締役・電建事業部長、10年同・庄内地区担当などを経て13年から現職。高校時代は陸上部に所属、3年の時に全国高校総体で優勝の経験も。56歳。
2017年7月14日
黒澤 信彦(くろさわ・のぶひこ) 1964年(昭和39年)南陽市で500年近く続く米農家の長男として生まれる。置賜農業高校卒業後、3年間の自衛隊生活を経て61年に実家に戻り就農。特別栽培米にこだわり、農協を通さない直販ルートで東京の老舗料亭「なだ万」やホテル「パークハイアット」などに販路を広げているほか、東南アジア向けに輸出も。4月、農作物の安全や環境保全への取り組みを認証する国際基準「JGAPアドバンス」を米の分野で全国で初めて取得し話題を集めた。52歳。
2017年6月23日
酒井忠久(さかい・ただひさ) 1946年(昭和21年)旧庄内藩主酒井家17代当主・忠明氏の長男として鶴岡市に生まれる。鶴岡南高から成蹊大政治経済学部に進み、卒業後、地元の松岡協同製糸へ。92年、酒井家が地方文化向上のため土地、建物、文化財を寄贈して50年に開館した致道博物館の館長に就任。2004年酒井家18代当主。松ヶ岡開墾場総長、日本美術刀剣保存協会会長なども務める。71歳。
2017年6月9日
本名・進藤由香(しんどう・ゆか) 1980(昭和55年)酒田市生まれ。地元の高校を卒業後、編集者を目指して上京、専門学校東京ビジュアルアーツ(東京都千代田区)へ。卒業後、ニュージーランドへのワーキングホリデーなどを経て27歳の時にしおかすみこのものまねをする「にしおかすみっこ」としてデビュー、日本テレビ「ものまねバトル」でMVPを獲得する。シンディーに改名後もテレビ各局のものまね番組やバラエティー番組などに出演、ものまねタレントとして人気上昇中。36歳。
2017年5月26日
白崎 映美(しらさき・えみ) 1962年(昭和37年)酒田市生まれ。酒田中央高時代にバンド活動を始め、上京して専門学校卒業後、2年半の社会人生活を経て22歳で後に「上々颱風(シャンシャンタイフーン)」と改称するバンドにボーカルとして参加。91年にJALのCMソングに使われた「愛より青い海」が大ヒット。上々颱風の活動休止後は15年に「白崎映美&東北6県ろ~るショー!!」を結成、大震災後の東北を支援する活動を全国で展開している。県内では昨年9月に開催された「全国豊かな海づくり大会」の進行役を務めたほか、さくらんぼテレビの情報番組「昼ドキ!TV やまがたチョイす」に出演中。
2017年5月12日
佐々木 豪(ささき・ごう) 1973年(昭和48年)山形市出身。山形東高から東北大経済学部に進み、卒業後サントリー入社。営業畑を歩み、横浜、札幌、旭川、東京などでの勤務を経て13年5月、部長代理を最後にサントリーを退社、実父の洋氏(現会長)が創業した「ブライダルハウスささき」へ。常務を経て17年4月に社長就任。44歳。
2017年4月28日
木山 隆之(きやま・たかし) 1972年(昭和47年)兵庫県伊丹市生まれ。伊丹西高、筑波大でサッカー部に所属、いずれも主将を務めた。同大卒後の94年にガンバ大阪入団、コンサドーレ札幌、水戸ホーリーホックでDFとしてプレー。引退後はJ2の水戸、ジェフユナイテッド千葉、愛媛FCの監督を歴任、千葉と愛媛の監督時代にJ1昇格プレーオフを戦った経験がある。2017シーズンから現職。1男1女の父。45歳。
2017年4月14日
石川 美華(いしかわ・みか) 1966年(昭和41年)北海道稚内市生まれ。旧姓・菅原。地元高校を卒業後、父親の死去に伴い母親の実家である鶴岡市に移り住み、19歳で庄内交通のバスガイドに。5年間の勤務を経て、28歳でホテル八乙女などを手がける石庄建設(鶴岡市)のオーナー家に嫁入りして女将業へ。同年から茶道の道にも入り、2004年に裏千家から「宗華」の茶名許状を取得。49歳。
2017年3月24日
永田 則男(ながた・のりお) 1961年(昭和36年)酒田市生まれ。酒田工業高から東海大工学部に進み、卒業後、NEC山形で2年間の勤務を経て87年に家業の自動車解体業・永田商店へ。永田商店は98年(株)永田プロダクツに組織変更。専務を経て2001年から社長。09年から買い取った低年式車を再生してレンタカーとして貸し出す「リボーン・カーリース」の全国展開に乗り出しているほか、リサイクル業者の全国団体である日本ELVリサイクル機構の副代表理事なども務める。55歳。
2017年3月10日
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