徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

千葉 かづや(ちば・かづや) 1951年(昭和26年)岩手県一関市生まれ。一関第一高校から東京理科大に進み、48年同大卒業後、不二家入社。管理・財務畑を歩み、2003年執行役員経営統括部長、07年取締役財務兼関連事業部長。同年1月に発覚した「期限切れ原材料使用事件」ではIR(広報)担当として殺到する取材に追われた経験も。13年、ユトリア不二家から社名変更した不二家東北の初代社長に就任。山形市で奥さんと2人暮らし。65歳。
2017年2月10日
齋藤 建治(さいとう・けんじ) 1969年(昭和44年)旧温海町生まれ。鶴岡工業高校専門学校機械工学科卒業後、庄内プレス工業(鶴岡市、現・庄内ヨロズ)入社。庄内ヨロズのほか、グループ会社のヨロズエンジニアリング(三川町)、タイの生産法人などで生産技術畑を歩み、2016年6月、47歳で従業員200人・売上高40億円の庄内ヨロズと172人・43億円のヨロズエンジニアリングの社長に就任。48歳。
2017年1月27日
川合 朋幸(かわい・ともゆき) 1967年(昭和42年)に明治20年創業の鮮魚商の跡取りとして山形市に生まれる。市立2小、同3中を経て東海大山形高へ。高校時代は野球部に所属、マネージャーとして1985年(昭和60年)の夏の甲子園に出場、清原和博、桑田真澄を擁するPL学園に7-29という記録的大敗を喫した経験も。卒業後は仙台、札幌、静岡などの和食店で修業を積み、27歳の時に鮮魚商から和食料理店「肴や川合」に業態転換していた実家にUターン。現在は店主として人気店を切り盛りしている。49歳。
2017年1月13日
橋本マナミ(はしもと・まなみ) 本名・細川愛実。1984年(昭和59年)山形市生まれ。市立第四小から五中に進み、1年の時に第7回全日本国民的美少女コンテストで演技部門賞を受賞し芸能界入り。山形城北女子高に進学後、2年の3学期から堀越高(東京)へ。芸能界ではデビューから下積み時代が続いたが、セクシー路線に転換して大ブレイク、「愛人にしたい女ナンバー1」のキャッチフレーズで知られる。32歳。
2016年12月23日
林部 智史(はやしべ・さとし) 1988年(昭和63年)新庄市生まれ。幼稚園卒園後に山形市に移り住み、九小→五中→山形南校を経て鶴岡市立荘内看護専門学校に進むもうつ病を患い2年で自主退学、アルバイトをしながら全国放浪の旅へ。2年後に上京、新聞販売店で住み込みで働きながら歌手養成の専門学校ESPミュージカルアカデミーに通う。同校を首席で卒業するが、歌手デビューは叶わないでいたところ、2015年にテレビ番組「THEカラオケ★バトル」で連続100点をたたき出し初優勝。16年2月に「あいたい」で歌手デビュー、11月にレコード大賞新人賞獲得。28歳。
2016年12月9日
田中 恵(たなか・めぐみ) 1979年(昭和54年)山形市生まれ。市立1小、日大中を経て高校から仙台市で1人暮らしを始め、東北学院大学時代からモデルの仕事をこなす。卒業後に帰郷、モデルの傍らでフラダンス教室に通うようになり、2年前に市内でフラダンス教室を開校。今年10月に東京で開かれた「第7回国民的美魔女コンテスト」で全国1500人の応募者の中からグランプリに輝く。1児の母。37歳。
2016年11月25日
石黒 るり子(いしぐろ・るりこ) 1957年(昭和32年)上山市の川口観光果樹園の長女として生まれる。山形西高を経て山大教育学部(現在の地域教育文化学部)卒業後、小学校教員に。25歳で燃料商ダイニ(現ジェイアイ)創業者・石黒次郎氏の長男と結婚、2女の母として専業主婦を務めた後、95年に常務としてダイニ入社、2012年に社長就任。ジェイアイは県内と福島でコインランドリー「るんるん」を展開、店舗数は25で県内最多。59歳。
2016年11月11日
丹野 雅彦(たんの・まさひこ) 1956年(昭和31年)山形市生まれ。上山農業高(現在の上山明新館高)卒業後、コメ・野菜・果実を栽培する大郷地区の実家で就農。2005年に仲間の農家8人と「農事組合法人やまがたファーム」を設立、地区の休耕田や転作田での耕作を請け負う傍ら、08年には産直施設「おおさとひろびろ直売所」を開設するなど、これからの農業の可能性を探る活動を続けている。59歳。
2016年10月28日
髙橋 幸司(たかはし・こうじ) 1952年(昭和27年)盛岡市生まれ。東北大大学院博士課程終了後、東北大工学部助手、講師を経て82年山形大工学部講師、87年助教授。99年から3年間、山形県に出向して科学技術振興室副主幹、研究・技術振興主幹を務め、2002年教授。山大院ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー長、ものづくり技術経営学専攻長、国際事業化研究センター長、東北創生研究所産業構造研究部門長などを経て、16年4月に鶴岡工業高等専門学校長に就任。専門は化学工学。64歳。
2016年10月14日
菊池 幸生(きくち・ゆきお) 1976年(昭和51年)山形市生まれ。山形南高から東北工業大に進み、県外の大手ハウスメーカーに3年勤務した後、父親の恵一氏が創業した菊池技建へ。大工、積算、現場監督などを経て2007年専務、09年33歳で社長就任。40歳。
2016年9月23日
宮川 俊二(みやがわ・しゅんじ) 1947年(昭和22年)愛媛県宇和島市生まれ。宇和島東高から早稲田大学第一文学部に進み、卒業後の70年NHK入局。山形を振り出しに各地の放送局に勤務、93年チーフアナウンサーを最後にNHKを依願退職。94~2003年フジテレビと専属契約を結び多くのニュース番組でキャスターを務める。現在はフリーで報道、情報、バラエティーなど多方面で活躍しているほか、早大非常勤講師も務める。69歳。
2016年9月9日
飯野 憲一(いいの・けんいち)1947年(昭和22年)山形市生まれ。山形工業高卒業後、東京の大手ゼネコンに就職するも2年後にUターンし実家の製材会社へ。27歳で再び上京、東京の洋菓子業界で8年間修業を積み、帰郷後の85年に山形市高堂に洋菓子店「チュチュ」開業。一時は市内5店舗を構えたが、現在は本店に集約し、季節の果実や米粉を使った洋菓子で人気を集めている。69歳。
2016年8月26日
渡邉東英(わたなべ・はるひで) 2004年(平成16年)中山町出身。長崎小2年の時に将棋を覚え、天童市の天童少年少女将棋教室に毎週通うようになる。同小6年までに県小学生将棋名人戦3連覇、県小学生倉敷王将戦2連覇、テーブルマークこども大会優勝と頭角を現し、4日、将棋の中学生日本1を決める第37回全国中学生選抜将棋選手権大会で県勢初の優勝を果たす。12歳。
2016年8月12日
澁谷 良弥(しぶや・よしや) 1947年(昭和22年)山形市生まれ。日大山形高2年の63年夏に投手として甲子園出場。日大から社会人野球の金指造船(静岡)に進み、25歳の72年に日大山形の監督就任。73年春に県勢初のセンバツ初出場を果たし春夏を通じ甲子園初勝利、同夏も選手権初勝利を挙げるなど30年間で春夏通算14度の甲子園に導く。2002年に青森山田(青森)の監督に転じ、10年間で春夏通算8度の甲子園。12年に山形市スポーツアドバイザーと山形商監督就任。16年7月16日、山形商監督を勇退。69歳。
2016年7月22日
武田 靖子(たけだ・やすこ) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山形西高から中央大文学部に進み、卒業後パレスホテル東京に就職。91年帰郷し家業の冠婚葬祭業・パレス平安(現ジョインセレモニー)へ。取締役室長を経て2014年から常務。県組織の「やまがた婚活応援団+(プラス)」副団長を務めたほか、山形県教育委員、日本ブライダル文化振興協会常任理事など公職多数。1男1女の母で、ご主人はジョインセレモニー社長の良和氏。46歳。
2016年7月8日
大向 誠(おおむかい・まこと) 1971年(昭和46年)青森県八戸市生まれ。秋田経済法科大(現ノースアジア大)卒業後、山形しあわせ銀(現きらやか銀)入行。同行野球部で主力選手として活躍、07年から監督。6月8日、第87回都市対抗野球第2次予選東北大会を制し、1952年(昭和27年)の創部以来初めて、県勢としては66年ぶりの本大会出場を決める。45歳。
2016年6月24日
佐々木智佳子(ささき・ちかこ) 1959年(昭和34年)新庄市生まれ。地元の県立高校を卒業後、78年に酒田市に本社を置く西奥羽ジャスコ(現マックスバリュ東北)へ。新庄店店長、商品本部山形商品部長、営業本部長、取締役商品本部長などを経て5月20日から現職。56歳。マックスバリュ東北は山形、青森、岩手、秋田で全95店を展開、年商は1000億円超。
2016年6月10日
布川 美里(ぬのかわ・みさと)1980年(昭和55年)西川町間沢出身。谷地高校から仙台デザイン専門学校に進み、山新建装に7年勤めた後、創業間もない山形コミュニティ新聞社へ。チーフデザイナーとして勤続8年。紙面製作の傍らルート営業もこなし、明るい性格から内外に多数の「布川ファン」をつくる。2015年12月に結婚、佐藤姓に。夏に第1子を出産予定で、やまコミは今号の制作を最後に退社。35歳。
2016年5月27日
菅野 高志(かんの・たかし) 1957年2月、南陽市生まれ。日大山形高から専修大経営学部に進み、同大卒業後、京都の和菓子の銘店「千本玉寿軒」で住み込み修業。5年後に郷里に戻り家業の杵屋本店へ。取締役営業部長などを経て2001年に社長就任。山形県洋菓子協会会長、全国洋菓子協会理事なども務める。59歳。
2016年5月13日
小嶋 寛之(おじま・ひろゆき) 1970年(昭和45年)山形市出身。山形東高から東京外大中国語学科へ進み、同大卒業後、94年に三井物産入社。東京本社、シンガポール支店での勤務を経て2000年に退社、家業の紙卸売業のオビサンへ。取締役、常務を経て12年に社長就任。46歳。
2016年4月22日
鈴木 富士雄(すずき・ふじお) 1951年(昭和26年)戸沢村生まれ。新庄北高から専修大経営学部に進み、同大卒業後、ホテル業の日本ビューホテル(東京)入社。77年に64年創業の最上川芭蕉ライン観光に転籍、営業部長、専務を経て99年、同社4代目社長に就任。県観光物産協会副会長、新庄法人会副会長、県国際観光推進協議会副会長なども務める。65歳。
2016年4月8日
山川 恒一(やまかわ・こういち) 1954年(昭和29年)山形市生まれ。日大山形高から日大法学部に進み、同大卒業後、西友ストアー(現在の西友)入社。82年に帰郷して東原町で開業した「ばんこう花」は当初、ハンバーグやスパゲティ中心のメニューだったが、カレーの美味しさが口コミで広がり次第にカレー専門店に。一方で吟醸酒の奥深い世界に「ハマり」、仕事の合間をぬって全国の蔵元を廻る。夜の「ばんこう花」では各地から直接取り寄せた逸品の吟醸酒も提供している。61歳。
2016年3月25日
関 政徳(せき・まさのり) 1949年(昭和24年)高畠町生まれ。米沢工業を卒業後、地元や東京での修業を経て2年後に実家の鮮魚店へ。89年に個人商店を有限会社・関食品(高畠町)に改組して社長就任。3月9日、上山市旭町の県道51号沿いに食品スーパー「いきいき市場 関食品」をプレオープン。66歳。
2016年3月11日
ケン・テリオ(けん・てりお) 1958年カナダ生まれ。カナダの小売会社を経て95年にコストコホールセールカナダ入社。98年コストコホールセールジャパン倉庫店運営部長、2006年コストコホールセールカナダ東部地区倉庫店運営部長を経て09年から現職。57歳。
2016年2月26日
本間 朋晃(ほんま・ともあき) 1976年(昭和51年)東根市生まれ。東根工業卒業後、上京してアニマル浜口ジムに入門。みちのく、大日本、全日本と渡り歩き、現在はフリーの立場で新日本に参加。2014年夏から日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」のコーナーにゲスト出演するようになり、独特のしゃがれ声から「ハスキー本間」と呼ばれ全国的に人気急上昇。プロレスの得意技はコーナーポスト最上段からのダイビング・ヘッドバット「こけし」で、この技を使う際は会場からこけしコールが沸き起こる。39歳。
2016年2月12日
ダニエル・カール(だにえる・かーる) 1960年、米カリフォルニア州モンロビア市生まれ。小学校時代から日本に興味を抱き、高校時代に奈良県五條市、大学時代に大阪府枚方市に各1年間留学。大学卒業後、文部省(現在の文部科学省)英語指導助手として山形県に赴任、3年間各地の中学校で英語を教えた。その後上京して翻訳会社を設立する一方、山形弁を駆使するマルチタレントとして活躍。東日本大震災の復興支援にも力を注いでいる。54歳。
2016年1月22日
栗原 健太(くりはら・けんた) 1982年(昭和57年)1月8日天童市生まれ。山口小、天童二中を経て日大山形高2年の夏に4番三塁で甲子園出場。99年のドラフト会議で3位指名を受け広島に入団。2006年から4年連続で20本塁打以上を放つなど4番として活躍、09年にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本代表として優勝メンバーにも。1軍通算成績は打率2割9分3厘、586打点、153本塁打。昨年、16年間を過ごした広島を退団、楽天へ。右投げ右打ち、183センチ、97キロ、34歳。
2016年1月8日
本郷 和枝(ほんごう・かずえ) 1938年(昭和13年)宮城県石巻市生まれ。宮城学院女子短大(仙台市、現在の宮城学院女子大)を卒業して1後、21歳の時に仙台市のコーヒー卸会社に勤務していた前社長の故・富也氏と結婚。22歳で出産、直後の60年12月に富也氏と山形市でコーヒー卸会社の東北萬国社を創業し、専務に。2004年社長就任。山形商工会議所女性会会長などを歴任したほか、現在も県関税会女性部会長、やまがた宮城県人会会長、やまがた特命観光・つや姫大使などを務める。77歳。
2015年12月25日
藤倉 晶(ふじくら・あきら) 1975年(昭和50年)南陽市生まれ。南陽高校から東京の専門学校に進み、帰郷後の96年からモンテディオ山形応援団体「クラージュ」に参加し、応援リーダーや会長を務める。現在は本町でバー「Bar12」を経営する傍ら、ゴール裏応援団体連合会「ULTRAS ACMY」代表。40歳。
2015年12月11日
諏訪 洋子(すわ・ようこ) 1963年(昭和38年)横浜市生まれ。8歳で上山市に移り住み、上山北中→山形中央高→尚絅女学院短大(仙台市、現・尚絅学院大)を経て山形新聞社入社。95年退社後、県スポーツ振興21世紀協会、自営業などを経て2011年5月~2015年4月山形市議。7月、山形藩主・最上義光の妹で、仙台藩主・伊達政宗の母・義姫を再評価しようと市民グループ「義姫の会」を設立。山形市在住、52歳。
2015年11月27日
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