徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

竹中 功(たけなか・いさお) 1959年(昭和34年)大阪市生まれ。同志社大学法学部卒業後、81年に吉本興業に入社して宣伝広報室を立ち上げ、芸人養成所「よしもとNSC」の設立にも携わる。長く広報担当として所属タレントの不祥事の事後処理を一手に引き受け、記者会見で謝罪することもしばしば。関連会社の専務、社長を経て2015年に吉本退社。現在は「謝罪マスター」として広報・危機管理に関するコンサルタント活動や執筆、講演、ラジオパーソナリティーと幅広く活躍中。月に1回、山形刑務所での教育活動も。59歳。
2018年9月14日
峯田 幸悦(みねた・こうえつ) 1957年(昭和32年)山辺町生まれ。山形中央高から東北福祉大社会福祉学部に進み、同大卒業後の80年、社会福祉法人・恩賜財団済生会支部山形県済生会へ。同会系の特別養護老人ホーム「愛日荘」生活指導員を経て2005年に同会系の特別養護老人ホーム「ながまち荘」施設長に就任。介護・福祉現場を知る第1人者として13年から県老人福祉施設協議会会長、17年から全国老人福祉施設協議会副会長も務める。60歳。
2018年8月24日
石川 竜也(いしかわ・たつや) 1979年(昭和54年)静岡県藤枝市生まれ。小学校からサッカーを始め、高校サッカーの名門・藤枝東高から筑波大に進学、在学時の99年、U-20日本代表として世界ユース選手権準優勝に貢献。同大卒業後、2002年に鹿島入団。東京ヴェルディを経て07年にモンテへ期限付き移籍、09年完全移籍。左足から繰り出す正確無比なキックで主力として活躍、2度のJ1昇格をけん引した。クラブ在籍11年に及んだ17年のシーズン終了後に現役を引退、翌年トップチームのコーチ就任。山形市で奥さん、長男(3)、長女(0)と4人暮らし。38歳。
2018年8月10日
高橋 一夫(たかはし・かずお) 1949年(昭和24年)山形市生まれ。山形商から慶大法学部に進み、卒業後、東京の不動産会社に就職。2年後に帰郷、地元の不動産会社や建設会社などを経て91年に不動産代理・仲介・管理のファースト興産を設立して社長に。2016年5月、県宅建協会会長に就任。68歳。
2018年7月27日
池田 佳貴(いけだ・よしき) 1987年(昭和62年)山形市生まれ。建築業を営んでいた祖父と父親の影響で職人の世界に憧れ、山形6中卒業後、市内の塗装会社へ。18歳で独立、1人で塗装業を始めるも、食うや食わずの毎日。20歳で一念発起し、22歳の時に社員1人を雇用して「池田塗研」を創業。その後は徐々に業容を拡大、現在は社員10人を抱え、年間売上高は1億2000万円に。弱冠30歳!
2018年7月13日
戸田 正宏(とだ・まさひろ) 1952年(昭和27年)山形市生まれ。山形市立5小、1中、山形商業高を出て日本菓子専門学校(東京)に進み、東京の洋菓子店で5年間修業した後に帰郷、家業の和洋菓子店「戸田屋」へ。95年に社長就任、この間、伝統を守りながら創造的な菓子を次々開発、全国・県内のコンテストで数々の賞を獲得してきた。6月13日、創業70周年を迎えたのを機に社長を長男の健志氏に譲り、自らは会長に退いた。65歳。
2018年6月22日
金平 芳己(かねひら・よしみ) 1947年(昭和22年)天童市生まれ。生家は代々続く農家で、県立村山農業高(現在の村山産業高)卒業後に就農、長ネギ、後に赤根ホウレンソウの栽培も手がける。2003年に天童市農業協同組合理事、15年から代表理事組合長。天童市農協の子会社のジェイエイてんどうフーズ、天童青果市場、くみあい燃料センター3社の代表取締役会長も勤める。70歳。
2018年6月8日
新田公孝(にった・きみたか) 1950年(昭和25年)新庄市生まれ。新庄北高から立教大社会学部に進み、卒業後の75年ニッカウヰスキー入社。一貫して営業畑を歩み、課長、部長を経て97年東北支社長。2002年に親会社のアサヒビールに転籍、2005年から08年まで山形支店長を務めた。10年7月、東北統括本部副本部長を最後にアサヒビールを退職、9月に山形県酒類卸専務就任、12年から社長。67歳。
2018年5月25日
加藤 登紀子(かとう・ときこ) 1943年(昭和18年)旧満州ハルビン市生まれ。2歳の時に実家が京都に引き揚げ、中学1年で東京に転居。駒場高から東大文学部に進み、在学中の65年に歌手デビュー、66年、2枚目のシングル「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞受賞。その後「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」「百万本のバラ」などのヒットを飛ばす。72年、学生運動指導者で今は亡き藤本敏夫氏と獄中結婚して話題を呼んだ。今年4月にベストアルバム「TOKIKO’S HISTORY」を発売し、自伝「運命の歌のジグソーパズル」を上梓した。6月3日、山形市のシベールアリーナでコンサート「花はどこへ行った」を開く。
2018年5月11日
本間 滿(ほんま・みつる) 1947年(昭和22年)鶴岡市生まれ。学校卒業後、長兄が67年に戸沢村で開業した「白糸の滝ドライブイン」を手伝うようになり、長兄の早世に伴い80年に同社社長に就任。以後、業容を拡大し、82年に鶴岡市に「米の粉の滝ドライブイン」を開業、鶴岡市のマリカや山形市の霞城セントラルで外食事業も手がける。チェリーランドさがえは設立時から社長。このほか東京の県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」の物販部門や、県都市公園「最上川ふるさと公園」の運営にも携わる。71歳。
2018年4月27日
佐藤 一博(さとう・かずひろ) 1950年(昭和25年)、江戸期がルーツの大永建設(山形市)の7代目として山形市で生まれる。6小、6中、山形工業高を経て東京の地場ゼネコンに就職。4年後にUターン、県土木部に4年間勤務した後、77年に大永建設入社、97年に社長就任。この間、住宅建築を手がけるかたわら、87年に上山市で書籍店「本のビッグバン」の開業に携わり、事実上のオーナーを務める。同店は4月末で営業を終える予定。67歳。
2018年4月13日
華村 あすか(はなむら・あすか) 1999年(平成11年)米沢市生まれ。高畠高校から短大に入学が決まり、住まい探しのため原宿を歩いている時に現在の芸能事務所からスカウトされ、2017年春に芸能界へ。仕事に専念するため短大を中退した直後の同年夏、週刊「プレイボーイ」の表紙と巻頭グラビアに抜擢され話題に。これまでにテレビドラマや情報番組、モスバーガーのCMなどのほか、橋本マナミさんと山形県衆議院議員選挙告知のCMにも出演した。4月から放送されるTXドラマ25「宮本から君へ」、CBC「ボイメン新世紀 祭戦士ワッショイダー」に出演。19歳。
2018年3月23日
鍋倉 淳(なべくら・あつし) 1952年(昭和27年)山辺町生まれ。日大山形高卒業後、父親が創業した機械商社の鍋倉機工へ。87年、ドイツ製編み機専門の商社として山形市でナックを立ち上げ、社長に。2001年から外食業界に参入、現在は山形市の荒楯町と江俣でトンカツ・カツ丼専門店「かつや」、南四番町で定食店「南四番町食堂」、飯田西と仙台市で高齢者専門弁当「宅配クックワン・ツゥ・スリー」を手がける。65歳。
2018年3月9日
木村裕吉(きむら・ゆうきち) 1956年(昭和31年)大蔵村肘折温泉生まれ。集落唯一の学校だった旧肘折小中学校から山形東高に進み、山形大農学部を卒業した79年に山形県農業協同組合中央会へ。39歳だった96年、家業の温泉旅館「木村屋旅館」を継ぐため中央会を退職、99年社長就任。大蔵村観光協会会長は2009年から。06年からは「肘折いでゆ館」「カルデラ温泉館」の運営に当たる第三セクター・肘折温泉郷振興株式会社の社長も務める。61歳。
2018年2月23日
近 清剛(こん・せいごう) 1949年(昭和24年)高畠町生まれ。長井高から立正大経済学部に進み、卒業後、漬物の製造販売の大手・秋本食品(神奈川県綾瀬市)へ。3年後にUターン、父親が創業した漬物製造販売の三奥屋入社。下積みのかたわら、郷土料理店「掬亭」の立ち上げにも携わる。工場長、常務、専務を経て90年から社長。2001年から県漬物協同組合理事長を務めるほか、県観光物産協会副会長、県中小企業団体中央会副会長、県食品産業協議会会長等も。13~17年は全日本漬物協同組合連合会会長も勤めた。69歳。
2018年2月9日
遠藤善也(えんどう・ぜんや) 1941年(昭和16年)山形市落合町生まれ。山形南高を経て山大農学部へ。卒業後、実家で10年就農した後、73年に食品スーパーのヤマザワ入社。青果物バイヤー、店長、ブロック長などを務め、91年に子会社のサンコー食品(山形市)に出向。営業部長、常務、専務を経て99年社長。2007年にいったん顧問に退くも2年後に社長復帰。76歳。
2018年1月26日
本名・金子絢音(かねこ・あやね)。1992年(平成4年)山形市生まれ。市立三中から山形商高に進み、3年間を首席で通して卒業後、小さいころから憧れていた歌手を目指して専門学校のデジタルアーツ仙台へ。同校1年の時に「第5回全日本アニソングランプリ」で応募者1万223組の中から決勝13人に選ばれ、19歳で同校を中退して上京。路上ライブやクラブハウスでシンガーソングライターとしての活動を開始。Jポップ界では、絹のようなシルキーボイスと歌唱力を兼ね備えた本格派シンガーとの評も。25歳。
2018年1月12日
鈴木 浩一(すずき・こういち) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山形東高から明治大学政治経済学部に進み、卒業後、マヨネーズのトップメーカー・キユーピー(東京)へ。同社で製造と販売を経験、4年半後、11年(明治44年)創業の実家で、麸の製造・販売を手がける鈴木製麩所(山形市)に常務として入社。2016年1月、父の恒太郎前社長の死去に伴い社長就任。47歳。
2017年12月22日
佐藤 哲也(さとう・てつや) 1958年(昭和33年)天童市生まれ。山形中央高から玉川大学農学部に進み、卒業後、総合案内所の東海予約センター(東京)に勤務。3年後に帰郷し、実家の天童温泉の旅館「一楽荘」へ。98年、41歳で3代目社長に就任。これまでの間、敷地内に地ビール工場を併設したり、山形市や首都圏で外食や飲食業に参入したりとユニークな経営で全国に知られる。59歳。
2017年12月8日
伊藤 秀樹(いとう・ひでき) 1956年(昭和31年)鶴岡市生まれ。酒田南高から学習院大経済学部に進み、卒業後、東京の文具店勤務を経て3年後に帰郷、実家の土産物店「清川屋」へ。97年から社長。この間、〝地元の食文化の発信〟をコンセプトに店舗網を拡大、現在は県内9店、仙台市で1店を展開するほか、子会社「茶勘製菓」を通じての自社生産や、「ネット清川屋」による通信販売も手がける特産品文化創造企業に育て上げた。61歳。
2017年11月24日
西田 泰子(にしだ・やすこ) 1947年(昭和22年)川西町生まれ。地元高校から女子栄養短大(東京)に進み、卒業後、首都圏での会社勤務を経て26歳で帰郷。蔵王のホテルから上山温泉の旅館「古窯」に転じ、予約・フロント係から支配人まで上り詰めた後、2000年にご主人と2人で山形市の霞城セントラル24階に「旬菜四季ひろぜん」を開業。現在は市内に3店の飲食店を展開する。農業や地域振興にも造詣が深く、JA山形おきたま理事、白鷹町アルカディア財団理事も務める。70歳。
2017年11月10日
遠藤 靖彦(えんどう・やすひこ) 1961年(昭和36年)山形市生まれ。石油製品販売を核とする遠藤商事グループの創業家の長男として山形市で生まれる。山形南高から明治大学商学部に進み、卒業後、丸善石油(現コスモ石油)入社。3年後に帰郷、トヨタオート山形(ネッツトヨタ山形)を経て88年遠藤商事へ。常務、専務を経て2005年から現職。遠藤商事以外にグループ7社の社長を兼務するほか、県石油商業協同組合理事長、全国石油商業組合連合会理事なども務める。55歳。
2017年10月27日
池田 美保(いけだ・みほ) 宮崎県えびの市生まれ。3歳からピアノ、12歳から声楽をはじめ、宮崎女子高(現・宮崎学園高)音楽科を経てフェリス女学院大(横浜市)で声楽を学ぶ。声楽会の頂点を極めた芳野靖夫氏、故・畑中良輔氏らの指導を受け数多くのコンクールで入賞を果たす一方、音楽や料理など様々な分野で講演活動を行う。7月18日に105歳で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏のミュージックパートナーとして全国各地を公演した。学生時代に知り合った開業医のご主人と酒田市で暮らす。2女の母。44歳。
2017年10月13日
酒井 貞昭(さかい・さだあき) 1965年(昭和40年)山形市生まれ。山形市立1小、同1中、同山形商業を卒業後、首都圏で就職。5年後にUターンし、2004年にJR山形駅前に地酒と郷土料理を提供する「酒菜一」を開業。13年9月にはJR東京駅八重洲口の商業施設エリア・グランルーフに「山形酒菜一」を出店。山形駅前はながさ通り飲食店組合理事長も務める。52歳。
2017年9月22日
鈴木 寿昭(すずき・としあき) 1949年(昭和24年)宮城県石巻市生まれ。69年に仙台トヨペット入社。一貫して営業畑を歩み、店長、車両部長、営業本部長などを経て94年取締役、2004年代表取締役専務。06年山形トヨペット専務に転じ、08年から現職。日本自動車連盟(JAF)山形支部長、日本自動車査定協会山形県支所長なども務める。68歳。
2017年9月8日
上條 智広(かみじょう・ともひろ) 1980年(昭和55年)川崎市生まれ。地元県立高校から日大経済学部へ。卒業後に山形市に移り住み、若者の起業を支援するNPO法人でコーディネーターを2年務めた後、2006年にパレス平安(現ジョインセレモニー・パレスグランデール)入社、ウエディングプランナーに。8月9日、リクルートブライダル総研(東京)が主催するウエディングプランナー全国大会で最高賞のグランプリを獲得。同市蔵王半郷で朝日町出身の奥さん、2人の娘さんの4人暮らし。37歳。
2017年8月25日
笠原 裕介(かさはら・ゆうすけ) 1979年(昭和54年)山形市出身。山形中央高から東北福祉大社会福祉学部に進み、卒業後、書店でのアルバイトを経て2005年に静岡市が本社の戸田書店入社。同社三川店、新潟南店、秋田店で勤務した後、07年の山形店オープン当初から現職。夏場には怪談に関するブックフェアやイベントを仕掛け、業界筋で「怪談店長」の異名で知られる。38歳。
2017年8月11日
小島 康明(おじま・やすあき) 1992年(平成4年)、茨城県結城市生まれ。結城小1年から野球を始め、結城東中を経て下妻二高へ進むも甲子園出場はなし。進学した東京農大では通算4勝14敗。2015年きらやか銀行入行、野球部に所属して1年目から頭角を現し、16年、17年と2年連続の都市大会出場をけん引した。15日の都市対抗初戦は2―3でホンダ鈴鹿に惜敗。178センチ、85キロ。右投げ右打ち。25歳。
2017年7月28日
伊藤 芳明(いとう・よしあき) 1961年(昭和36年)天童市生まれ。日大山形高から日大経済学部に進み、卒業後に山形ナショナル(現・山形パナソニック)入社。主に家電営業畑を歩み、2002年法人営業部長、04年執行役員・商事事業部長、08年取締役・電建事業部長、10年同・庄内地区担当などを経て13年から現職。高校時代は陸上部に所属、3年の時に全国高校総体で優勝の経験も。56歳。
2017年7月14日
黒澤 信彦(くろさわ・のぶひこ) 1964年(昭和39年)南陽市で500年近く続く米農家の長男として生まれる。置賜農業高校卒業後、3年間の自衛隊生活を経て61年に実家に戻り就農。特別栽培米にこだわり、農協を通さない直販ルートで東京の老舗料亭「なだ万」やホテル「パークハイアット」などに販路を広げているほか、東南アジア向けに輸出も。4月、農作物の安全や環境保全への取り組みを認証する国際基準「JGAPアドバンス」を米の分野で全国で初めて取得し話題を集めた。52歳。
2017年6月23日
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