徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

西田 泰子(にしだ・やすこ) 1947年(昭和22年)川西町生まれ。地元高校から女子栄養短大(東京)に進み、卒業後、首都圏での会社勤務を経て26歳で帰郷。蔵王のホテルから上山温泉の旅館「古窯」に転じ、予約・フロント係から支配人まで上り詰めた後、2000年にご主人と2人で山形市の霞城セントラル24階に「旬菜四季ひろぜん」を開業。現在は市内に3店の飲食店を展開する。農業や地域振興にも造詣が深く、JA山形おきたま理事、白鷹町アルカディア財団理事も務める。70歳。
2017年11月10日
遠藤 靖彦(えんどう・やすひこ) 1961年(昭和36年)山形市生まれ。石油製品販売を核とする遠藤商事グループの創業家の長男として山形市で生まれる。山形南高から明治大学商学部に進み、卒業後、丸善石油(現コスモ石油)入社。3年後に帰郷、トヨタオート山形(ネッツトヨタ山形)を経て88年遠藤商事へ。常務、専務を経て2005年から現職。遠藤商事以外にグループ7社の社長を兼務するほか、県石油商業協同組合理事長、全国石油商業組合連合会理事なども務める。55歳。
2017年10月27日
池田 美保(いけだ・みほ) 宮崎県えびの市生まれ。3歳からピアノ、12歳から声楽をはじめ、宮崎女子高(現・宮崎学園高)音楽科を経てフェリス女学院大(横浜市)で声楽を学ぶ。声楽会の頂点を極めた芳野靖夫氏、故・畑中良輔氏らの指導を受け数多くのコンクールで入賞を果たす一方、音楽や料理など様々な分野で講演活動を行う。7月18日に105歳で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏のミュージックパートナーとして全国各地を公演した。学生時代に知り合った開業医のご主人と酒田市で暮らす。2女の母。44歳。
2017年10月13日
酒井 貞昭(さかい・さだあき) 1965年(昭和40年)山形市生まれ。山形市立1小、同1中、同山形商業を卒業後、首都圏で就職。5年後にUターンし、2004年にJR山形駅前に地酒と郷土料理を提供する「酒菜一」を開業。13年9月にはJR東京駅八重洲口の商業施設エリア・グランルーフに「山形酒菜一」を出店。山形駅前はながさ通り飲食店組合理事長も務める。52歳。
2017年9月22日
鈴木 寿昭(すずき・としあき) 1949年(昭和24年)宮城県石巻市生まれ。69年に仙台トヨペット入社。一貫して営業畑を歩み、店長、車両部長、営業本部長などを経て94年取締役、2004年代表取締役専務。06年山形トヨペット専務に転じ、08年から現職。日本自動車連盟(JAF)山形支部長、日本自動車査定協会山形県支所長なども務める。68歳。
2017年9月8日
上條 智広(かみじょう・ともひろ) 1980年(昭和55年)川崎市生まれ。地元県立高校から日大経済学部へ。卒業後に山形市に移り住み、若者の起業を支援するNPO法人でコーディネーターを2年務めた後、2006年にパレス平安(現ジョインセレモニー・パレスグランデール)入社、ウエディングプランナーに。8月9日、リクルートブライダル総研(東京)が主催するウエディングプランナー全国大会で最高賞のグランプリを獲得。同市蔵王半郷で朝日町出身の奥さん、2人の娘さんの4人暮らし。37歳。
2017年8月25日
笠原 裕介(かさはら・ゆうすけ) 1979年(昭和54年)山形市出身。山形中央高から東北福祉大社会福祉学部に進み、卒業後、書店でのアルバイトを経て2005年に静岡市が本社の戸田書店入社。同社三川店、新潟南店、秋田店で勤務した後、07年の山形店オープン当初から現職。夏場には怪談に関するブックフェアやイベントを仕掛け、業界筋で「怪談店長」の異名で知られる。38歳。
2017年8月11日
小島 康明(おじま・やすあき) 1992年(平成4年)、茨城県結城市生まれ。結城小1年から野球を始め、結城東中を経て下妻二高へ進むも甲子園出場はなし。進学した東京農大では通算4勝14敗。2015年きらやか銀行入行、野球部に所属して1年目から頭角を現し、16年、17年と2年連続の都市大会出場をけん引した。15日の都市対抗初戦は2―3でホンダ鈴鹿に惜敗。178センチ、85キロ。右投げ右打ち。25歳。
2017年7月28日
伊藤 芳明(いとう・よしあき) 1961年(昭和36年)天童市生まれ。日大山形高から日大経済学部に進み、卒業後に山形ナショナル(現・山形パナソニック)入社。主に家電営業畑を歩み、2002年法人営業部長、04年執行役員・商事事業部長、08年取締役・電建事業部長、10年同・庄内地区担当などを経て13年から現職。高校時代は陸上部に所属、3年の時に全国高校総体で優勝の経験も。56歳。
2017年7月14日
黒澤 信彦(くろさわ・のぶひこ) 1964年(昭和39年)南陽市で500年近く続く米農家の長男として生まれる。置賜農業高校卒業後、3年間の自衛隊生活を経て61年に実家に戻り就農。特別栽培米にこだわり、農協を通さない直販ルートで東京の老舗料亭「なだ万」やホテル「パークハイアット」などに販路を広げているほか、東南アジア向けに輸出も。4月、農作物の安全や環境保全への取り組みを認証する国際基準「JGAPアドバンス」を米の分野で全国で初めて取得し話題を集めた。52歳。
2017年6月23日
酒井忠久(さかい・ただひさ) 1946年(昭和21年)旧庄内藩主酒井家17代当主・忠明氏の長男として鶴岡市に生まれる。鶴岡南高から成蹊大政治経済学部に進み、卒業後、地元の松岡協同製糸へ。92年、酒井家が地方文化向上のため土地、建物、文化財を寄贈して50年に開館した致道博物館の館長に就任。2004年酒井家18代当主。松ヶ岡開墾場総長、日本美術刀剣保存協会会長なども務める。71歳。
2017年6月9日
本名・進藤由香(しんどう・ゆか) 1980(昭和55年)酒田市生まれ。地元の高校を卒業後、編集者を目指して上京、専門学校東京ビジュアルアーツ(東京都千代田区)へ。卒業後、ニュージーランドへのワーキングホリデーなどを経て27歳の時にしおかすみこのものまねをする「にしおかすみっこ」としてデビュー、日本テレビ「ものまねバトル」でMVPを獲得する。シンディーに改名後もテレビ各局のものまね番組やバラエティー番組などに出演、ものまねタレントとして人気上昇中。36歳。
2017年5月26日
白崎 映美(しらさき・えみ) 1962年(昭和37年)酒田市生まれ。酒田中央高時代にバンド活動を始め、上京して専門学校卒業後、2年半の社会人生活を経て22歳で後に「上々颱風(シャンシャンタイフーン)」と改称するバンドにボーカルとして参加。91年にJALのCMソングに使われた「愛より青い海」が大ヒット。上々颱風の活動休止後は15年に「白崎映美&東北6県ろ~るショー!!」を結成、大震災後の東北を支援する活動を全国で展開している。県内では昨年9月に開催された「全国豊かな海づくり大会」の進行役を務めたほか、さくらんぼテレビの情報番組「昼ドキ!TV やまがたチョイす」に出演中。
2017年5月12日
佐々木 豪(ささき・ごう) 1973年(昭和48年)山形市出身。山形東高から東北大経済学部に進み、卒業後サントリー入社。営業畑を歩み、横浜、札幌、旭川、東京などでの勤務を経て13年5月、部長代理を最後にサントリーを退社、実父の洋氏(現会長)が創業した「ブライダルハウスささき」へ。常務を経て17年4月に社長就任。44歳。
2017年4月28日
木山 隆之(きやま・たかし) 1972年(昭和47年)兵庫県伊丹市生まれ。伊丹西高、筑波大でサッカー部に所属、いずれも主将を務めた。同大卒後の94年にガンバ大阪入団、コンサドーレ札幌、水戸ホーリーホックでDFとしてプレー。引退後はJ2の水戸、ジェフユナイテッド千葉、愛媛FCの監督を歴任、千葉と愛媛の監督時代にJ1昇格プレーオフを戦った経験がある。2017シーズンから現職。1男1女の父。45歳。
2017年4月14日
石川 美華(いしかわ・みか) 1966年(昭和41年)北海道稚内市生まれ。旧姓・菅原。地元高校を卒業後、父親の死去に伴い母親の実家である鶴岡市に移り住み、19歳で庄内交通のバスガイドに。5年間の勤務を経て、28歳でホテル八乙女などを手がける石庄建設(鶴岡市)のオーナー家に嫁入りして女将業へ。同年から茶道の道にも入り、2004年に裏千家から「宗華」の茶名許状を取得。49歳。
2017年3月24日
永田 則男(ながた・のりお) 1961年(昭和36年)酒田市生まれ。酒田工業高から東海大工学部に進み、卒業後、NEC山形で2年間の勤務を経て87年に家業の自動車解体業・永田商店へ。永田商店は98年(株)永田プロダクツに組織変更。専務を経て2001年から社長。09年から買い取った低年式車を再生してレンタカーとして貸し出す「リボーン・カーリース」の全国展開に乗り出しているほか、リサイクル業者の全国団体である日本ELVリサイクル機構の副代表理事なども務める。55歳。
2017年3月10日
成澤 郁夫(なりさわ・いくお) 1940年(昭和15年)上山市生まれ。秋田高校から東北大工学部に進み、卒業後の64年倉敷レイヨン(現クラレ)入社。69年山形大助手に転じ、講師、助教授を経て81年教授。98年4月に工学部長、同11月に学長に就任するも2001年5月、工学部が1997年度以降5年間の入試で受験生428人を判定ミスで不合格にしていたことが発覚、同年8月末に引責辞任。02年から山形県企業振興公社プロジェクトマネージャー、14年からは県よろず支援拠点チーフコーディネーターを務め、3月末に退任予定。76歳。
2017年2月24日
齋藤 建治(さいとう・けんじ) 1969年(昭和44年)旧温海町生まれ。鶴岡工業高校専門学校機械工学科卒業後、庄内プレス工業(鶴岡市、現・庄内ヨロズ)入社。庄内ヨロズのほか、グループ会社のヨロズエンジニアリング(三川町)、タイの生産法人などで生産技術畑を歩み、2016年6月、47歳で従業員200人・売上高40億円の庄内ヨロズと172人・43億円のヨロズエンジニアリングの社長に就任。48歳。
2017年1月27日
川合 朋幸(かわい・ともゆき) 1967年(昭和42年)に明治20年創業の鮮魚商の跡取りとして山形市に生まれる。市立2小、同3中を経て東海大山形高へ。高校時代は野球部に所属、マネージャーとして1985年(昭和60年)の夏の甲子園に出場、清原和博、桑田真澄を擁するPL学園に7-29という記録的大敗を喫した経験も。卒業後は仙台、札幌、静岡などの和食店で修業を積み、27歳の時に鮮魚商から和食料理店「肴や川合」に業態転換していた実家にUターン。現在は店主として人気店を切り盛りしている。49歳。
2017年1月13日
橋本マナミ(はしもと・まなみ) 本名・細川愛実。1984年(昭和59年)山形市生まれ。市立第四小から五中に進み、1年の時に第7回全日本国民的美少女コンテストで演技部門賞を受賞し芸能界入り。山形城北女子高に進学後、2年の3学期から堀越高(東京)へ。芸能界ではデビューから下積み時代が続いたが、セクシー路線に転換して大ブレイク、「愛人にしたい女ナンバー1」のキャッチフレーズで知られる。32歳。
2016年12月23日
林部 智史(はやしべ・さとし) 1988年(昭和63年)新庄市生まれ。幼稚園卒園後に山形市に移り住み、九小→五中→山形南校を経て鶴岡市立荘内看護専門学校に進むもうつ病を患い2年で自主退学、アルバイトをしながら全国放浪の旅へ。2年後に上京、新聞販売店で住み込みで働きながら歌手養成の専門学校ESPミュージカルアカデミーに通う。同校を首席で卒業するが、歌手デビューは叶わないでいたところ、2015年にテレビ番組「THEカラオケ★バトル」で連続100点をたたき出し初優勝。16年2月に「あいたい」で歌手デビュー、11月にレコード大賞新人賞獲得。28歳。
2016年12月9日
田中 恵(たなか・めぐみ) 1979年(昭和54年)山形市生まれ。市立1小、日大中を経て高校から仙台市で1人暮らしを始め、東北学院大学時代からモデルの仕事をこなす。卒業後に帰郷、モデルの傍らでフラダンス教室に通うようになり、2年前に市内でフラダンス教室を開校。今年10月に東京で開かれた「第7回国民的美魔女コンテスト」で全国1500人の応募者の中からグランプリに輝く。1児の母。37歳。
2016年11月25日
石黒 るり子(いしぐろ・るりこ) 1957年(昭和32年)上山市の川口観光果樹園の長女として生まれる。山形西高を経て山大教育学部(現在の地域教育文化学部)卒業後、小学校教員に。25歳で燃料商ダイニ(現ジェイアイ)創業者・石黒次郎氏の長男と結婚、2女の母として専業主婦を務めた後、95年に常務としてダイニ入社、2012年に社長就任。ジェイアイは県内と福島でコインランドリー「るんるん」を展開、店舗数は25で県内最多。59歳。
2016年11月11日
丹野 雅彦(たんの・まさひこ) 1956年(昭和31年)山形市生まれ。上山農業高(現在の上山明新館高)卒業後、コメ・野菜・果実を栽培する大郷地区の実家で就農。2005年に仲間の農家8人と「農事組合法人やまがたファーム」を設立、地区の休耕田や転作田での耕作を請け負う傍ら、08年には産直施設「おおさとひろびろ直売所」を開設するなど、これからの農業の可能性を探る活動を続けている。59歳。
2016年10月28日
髙橋 幸司(たかはし・こうじ) 1952年(昭和27年)盛岡市生まれ。東北大大学院博士課程終了後、東北大工学部助手、講師を経て82年山形大工学部講師、87年助教授。99年から3年間、山形県に出向して科学技術振興室副主幹、研究・技術振興主幹を務め、2002年教授。山大院ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー長、ものづくり技術経営学専攻長、国際事業化研究センター長、東北創生研究所産業構造研究部門長などを経て、16年4月に鶴岡工業高等専門学校長に就任。専門は化学工学。64歳。
2016年10月14日
菊池 幸生(きくち・ゆきお) 1976年(昭和51年)山形市生まれ。山形南高から東北工業大に進み、県外の大手ハウスメーカーに3年勤務した後、父親の恵一氏が創業した菊池技建へ。大工、積算、現場監督などを経て2007年専務、09年33歳で社長就任。40歳。
2016年9月23日
宮川 俊二(みやがわ・しゅんじ) 1947年(昭和22年)愛媛県宇和島市生まれ。宇和島東高から早稲田大学第一文学部に進み、卒業後の70年NHK入局。山形を振り出しに各地の放送局に勤務、93年チーフアナウンサーを最後にNHKを依願退職。94~2003年フジテレビと専属契約を結び多くのニュース番組でキャスターを務める。現在はフリーで報道、情報、バラエティーなど多方面で活躍しているほか、早大非常勤講師も務める。69歳。
2016年9月9日
飯野 憲一(いいの・けんいち)1947年(昭和22年)山形市生まれ。山形工業高卒業後、東京の大手ゼネコンに就職するも2年後にUターンし実家の製材会社へ。27歳で再び上京、東京の洋菓子業界で8年間修業を積み、帰郷後の85年に山形市高堂に洋菓子店「チュチュ」開業。一時は市内5店舗を構えたが、現在は本店に集約し、季節の果実や米粉を使った洋菓子で人気を集めている。69歳。
2016年8月26日
渡邉東英(わたなべ・はるひで) 2004年(平成16年)中山町出身。長崎小2年の時に将棋を覚え、天童市の天童少年少女将棋教室に毎週通うようになる。同小6年までに県小学生将棋名人戦3連覇、県小学生倉敷王将戦2連覇、テーブルマークこども大会優勝と頭角を現し、4日、将棋の中学生日本1を決める第37回全国中学生選抜将棋選手権大会で県勢初の優勝を果たす。12歳。
2016年8月12日
1 2 3 4 5 6 7 8 9 次へ >